ミュージカル『刀剣乱舞~幕末天狼傳~』感想

トライアル、阿津賀志山未見。ステのみ鑑賞済み。

 

選ばれなかった人と刀が、自分の意志で何かを選び取るまでのはなし。

 

登場キャラは刀剣男士6人プラス新撰組3人。

新撰組3人は歴史物におけるオーソドックスなキャラクターづけなので分かりやすいです。

ストーリーはかなりシンプルで進行はゆっくりめ。

メインの軸は加州と安定、長曽祢と蜂須賀の二組の歩みより、精神面での成長。つまりは人間ドラマです。刀なのに。

 

全体の感想、キャラ感想、あらすじの順になっています。

 

全体の感想

1部の歌はストーリーの流れから歌詞が推測できるのですが、アイドルパートな2部は聞き取れない曲が多かったです。予習必須ということでしょうか。

歌唱力に関してですが、キャストによって差があります。

始まってすぐのころは喉の調子が整っていないのか、途中で力尽きて語尾が消えていたり。歌の難易度はキャストのスキルに合わせて調整しているようですが、タイトルに「ミュージカル」とつけているのでもう少し頑張ってほしいです。

殺陣は何度かタイミングが合っていないシーンがあったように見えました。

歌にダンスに加えて殺陣だと大変でしょうし、あんまりチャンバラっぽいのではなく歌舞伎の立ち回りみたいにしてしまうのも面白いと思うんですが。

 

宴のシーンはアドリブ多めだと思いますが、キャストの素が出ないところが良いですね。カテコでもキャストはキャラクターとして挨拶していて、俳優のことを知らずに「普段とは違うきれいなおべべを着たキャラ」が見たい層にも優しいです。

冒頭とラストで時間遡行軍も飛び跳ねたり踊ったりしているのがすごく可愛いので、個人的には時間遡行軍パートが見たいです。

 

 

劇中で繰り返し出てくる単語、「選ばれなかった」と「天狼星」について。

 

「選ばれぬ者」では刀剣男士たちが「自分は選ばれなかった」と歌います。

安定は池田屋事件で沖田が使用したのは加州清光で、自分は選ばれなかった。肝心な時に沖田を守れなかった。→のちに加州を佩刀していった理由は「たまたま!」と納得する。

和泉守は土方に最期まで着いていけなかった。

蜂須賀はずっと飾られていたイコール自分は武器として選ばれなかった。(新撰組刀が戦った刀であることに対して)→自分がいかに大切にされていたかは理解しており、飾られる刀として選ばれていたことを誇りに思う。

「自分は肝心な時に選ばれなかった、刀は選ばれることを選べない」という気持ちが澱のように心にあることが明示されます。

そして続けて、新撰組も時代に選ばれず死んでいった人間たちであったとうたわれます。「新たに選ばれた者」なのに時代に選ばれなかった新撰組

そして、安定が提案した「自分が新撰組に潜入して沖田を守る」は歴史を変えるおそれもあり、刀剣男士としては完全に欠陥品な希望です。池田屋回想で「元主と鉢合わせしないように」と注意していたのはなんだったんだ?と言いたくなります。

しかし、上記の流れからの安定の「刀剣男士として顕現したいま、人間の肉体を得て意思をもって動く自分は選ぶことができる!」という言葉があると、観客は安定の心情に寄り添えます。

個人的には、ステで不動が単独行動をとったのが唐突すぎて「ストーリーに合わせてキャラクターを動かしている」ように見えたのが不満の一つだったので、

キャラクターの行動に説得力を持たせる構成で良かったです。

 

 

天狼星はおおいぬ座シリウスの中国名です。

新撰組が「壬生の狼」とあだ名されていたことがピックアップされた理由ですね。

ところで、日本でシリウスの伴星(シリウスB)が発見されたのは1862(文久二年)、 坂下門外の変が起こり、将軍・徳川家茂の上洛に際して警護の名目で浪士が募集された年です(浪士組→新撰組の結成は翌年)。なお近藤が斬首されるのは1868年。

 

終盤の近藤が土方へ「天狼星(シリウス)は二つで一つ」と語り掛けるシーンでは

加州と安定、長曽祢と蜂須賀、和泉守と堀川のそれぞれのコンビを指しているのでしょう。

ところで、天文には詳しくないのでシリウス冬の大三角なのに池田屋事件(7月)の夜、近藤勇が処刑ごろ(5月)の夕暮れ?には観測できるの?と不思議に思って調べてみました。

http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/canis_major01.html

日本で観測できる時期:10月~3月の約6ヵ月間

見ごろの季節:冬(2月下旬に20時正中)

上記以外の時期では日中に見られるのですが、見つけるのは訓練がいるはずです。

 

 

キャラ感想

 

加州清光

笑顔がステキ。

個人的には加州のキャラ解釈がすごく好みでした。主に愛されてる自信があって興味ないことにはちょっとドライ。声のトーンが落ちるタイミングなど。

前作の阿津賀志山の経験があるということで、初めて隊長を務める蜂須賀を気遣ったり安定の気持ちに配慮したりとかなり大人な対応が見受けられます。

 

安定

このメンタル不安定が安定するまでが幕末天狼傳の前半のメインです。

驚いたときに手が丸まって外側に反るとか、動作が全体的に女子っぽい。

沖田総司の佩刀であったことを理由に顕現しているので、安定が沖田に執着するのは当然ですよね(他の新撰組刀にも言えますが)

最終的には、歴史を変えて沖田を生きながらえさせることは沖田自身を否定することだと気づきますし、加州が自分を池田屋へ行かせたがらなかったことは自分を気遣ってのことだったと理解します。

沖田に「沖田くん、ありがとう。君のおかげであいつ(加州)と会えた」

 

加州と安定の沖田に対する姿勢の違いとしては、

加州は池田屋に行った加州は沖田が新撰組がこれから大きくなって行けるかもしれない、というところで喀血し残りの寿命を自覚するという人間の儚さを間近で見ている点が大きいのかなぁと思います。

安定は沖田に対しては親を慕う幼い子のような感情で、無意識のうちに神聖視していたのではないかと思います。新撰組に潜入して初めて「自分の主の沖田総司」ではなく「一人の人間の沖田総司」を見たのではないでしょうか。

「君が長生きしてたら、新選組は負ける事も無くて銃や大砲の時代が来ることもなく刀の時代が続いたんじゃないかって思ったんだ…」という独白が非常に切なかったですね。

 

加州・安定の二人の剣筋が沖田似というのは作中でも言われているのですが、沖田の話し声は明るい調子で刀を振るうときの掛け声は低い声というのが安定っぽいですよね。

 

 

長曽祢虎徹

清麿についてはなにも触れられなかったのが残念。

冒頭から加州・安定に両側から稽古をつけて~とせがまれるハーレムを見せつけてきます。

新撰組刀の兄貴分として振る舞っているものの内面はたぶんちょっと繊細。新撰組刀には兄と慕われるからこそ不安を吐露することができないのでしょうか。

ラストで蜂須賀が「兄と認めたわけじゃない」と言ったのは、「だから自分に頼ってもいいんだ」という事でしょうか穿って考えすぎでしょうか。

 

蜂須賀

武具が動きにくいのか、お坊ちゃん感を出すためか、殺陣がなんとなくふわっとしてる…?ダンスでもあまり動きは激しくはないです。

正直なところ、蜂須賀のキャラ解釈がいいという評判がミュ鑑賞に踏み切った決め手です。

自分の欠点や足りないところを指摘されたら真摯に受け入れることができる素直さがあります。階段に座っているときにつねに両手を片膝にそろえていて背筋が伸びているのがかわいかったです。ただ長曽祢に対してだけやたらと当たりが強い。でも二人称は「あなた」で三人称は「彼」。礼儀正しい…。

自分とは違う「働く刀」であった新撰組刀、そして彼らの「元主への強い想い」に戸惑いながらも理解しようとする姿勢を持っています。

公式のキャラ紹介の「本心では兄の実力や無骨さに惹かれている一面も」が根底にある性格設定だと思います。雑誌の「長曽祢は蜂須賀に実の兄としてふるまっていた時期がある」が原因で長曽祢にきつく当たっているのでしょうか。

 

堀川国広

動きがキレキレで一人だけ違う振り付けかな?と思うような箇所もちらほら。

殺陣は蹴り技を混ぜた軽快な動き。小柄な脇差の特性を活かした小回りの利く戦い方をするのかと思わせておいて、終盤では「僕も結構邪道でね!」と言いながら敵の首の骨を折る荒業も見せます。

歌唱力が一番安定していて、歌の盛り上がるところや聞かせどころはだいたい堀川です。

蜂須賀に新撰組について尋ねられ、「最後まで刀にこだわってくれたから、やっぱりどうしても好きになっちゃうんですよね、あの人たちのこと」と答えるのが印象的。

作中で土方の死に触れていないので、主との関係はそこまで描かれず、堀川・和泉守は前述2組のサポート役のような扱いです。

蜂須賀との関係に悩む長曽祢に声をかけたのは「自分も真贋不明の刀だから」ということかなぁと推測。

勝手に「兼さんのキラキラした何か」を質に入れて高いお酒を用意しちゃうあたり、扱い方を心得ていて掌で転がしていますね。

 

和泉守兼定

歩き方がドヤドヤしているところ、声も原作声優に似ているかんじが良いですね。ぜひログボ言ってほしかったです。

内番をいやがっていたり弟キャラと見せかけて、迷う蜂須賀を導く大人びた面も持っています。「刀の見た目が良くて悪いことはない。それに加えて実用的なら美点がひとつ増えるだけ」という言葉は非常に気持ちいいです。

「兄が弟を守るのは当たり前だ」という発言は歌仙関係かと思ったのですが、最後まで見ると近藤が土方に言った言葉が元になっているのでしょうか。

 

 

 

あらすじ

 

池田屋への討ち入りのシーン。

戦闘中に吐血する沖田。

背後には黒猫の影の映像が投影されます。沖田の死に関連する黒猫なので単純に死の暗示かとおもっていたのですが、後半まで見て歴史修正への誘惑の象徴だと気付きました。

たしか阿津賀志も元主が歴史修正に走るという筋書きだったんですよね。

 

第一部隊は加州に代わって蜂須賀を隊長とし、隊員に新撰組刀を編成して幕末への出陣を命じられます。

到着した先は新撰組が結成される前の試衛館時代の多摩。出稽古帰りの近藤、土方、沖田をが登場。

冒頭の黒猫にはじまり、ここでは周斎先生や石田散薬など、新撰組を知っている人にはわかるけど知らない人には分からない単語が説明なしに会話に登場します。ここで3人はちょっと長めの独特な木刀を持っているのですが、これは天然理心流では普段から重くて長い木刀で稽古していたからですよね。

土方「石田散薬は万能薬だぞ!」沖田「土方さんはずっと飲んでるのに、口が悪いのは治ってない!」近藤「これは一本とられたな~」というやり取りなど、気の置けない仲間であることが分かります。

病に冒される前の元気な沖田を見て心を乱した安定は、新撰組隊士として潜入したいと申し出ます。

清光は反対し、安定は走り去ってしまいます。清光の本心は池田屋で喀血し倒れる沖田を見た経験から「あんな気持ちを安定には味わわせたくない」というものでした。

最終的に、蜂須賀は安定が新撰組に潜入しても目立たなければ歴史に影響を与えることはないから問題はない、と潜入捜査の許可を出します。

これに関しては、隊士名簿とか明治以降に書かれた回顧録とかかなり現存しているけど…?と釈然としない気持ち。

 

名前を偽って新撰組に潜入した安定は池田屋へ突入。この時点で歴史に名前は残りますね。

吐血して倒れる沖田を前に、結核の薬を沖田に与えるか悩む安定だったが、歴史を変えて寿命を長らえさせるということは沖田を否定することだと理解し、気持ちを押しとどめます。

忍び寄る黒猫の影が打ち砕かれ、安定が歴史修正の誘惑を断ち切ったことが示されます。

到着した第一部隊の面々の助けで歴史修正主義者を撃退し、無事に歴史がゆがめられることなく池田屋事件は終了。

しかし物語はまだ続きます。超長期遠征レベルですね。

 

病が進行した沖田は千駄ヶ谷で療養中。そこに賊軍と呼ばれるようになった近藤と土方が見舞いに訪れわずかな時間語らいます。

病によって二人と行動をともにすることはできない沖田ですが、二人の「武士になりたい」という夢をかなえる手伝いができたことに満足しています。

 

流山で近藤が新撰組から離脱するシーン。

土方に「天狼星(シリウス)のそばには小さな星がついている」と語りかけ、肩を抱く近藤。二人三脚で多摩の農民から武士になった二人でしたが、ここで道は分かれることとなります。

近藤の投降する決意が固いことを知った土方は「またな」と言い反対側へ走り去ります。

このシーンの土方は洋装なのですが、衣装替えの時間の関係か総髪のままなのがちょっと笑ってしまいます。

史実通り、近藤は斬首されることになります。

 

一方、沖田のもとには謎の黒猫が現れて近藤が処刑されることを告げます。

死期が迫り身体も思うように動かない沖田ですが、人語を喋る怪しい黒猫を斬ろうと病に疲弊した身体で刀を抜きます。

しかし「近藤を助けることができる」という誘惑に負けた(?)のか沖田の刀は赤くなり、背後に菊の紋が映し出されます。やはり菊一文字でしょうか?花弁の数は数えきれませんでした。

こういう扱いをされたので、沖田総司の菊一文字の実装はなしということでしょうね。

 

処刑場で目隠しまでされた近藤。そこに刀を持った沖田が登場して刑吏を斬り殺し、近藤に逃げるように促します。

沖田は立ち上がって戦う力は与えられたようですがフラフラです。歴史修正主義者のアフターサービスはあまり良くない模様。

沖田は刀剣男士たちにも斬りかかったものの、近藤に抱き留められ諭されたことで正気を取り戻して崩れ落ちます。加州・安定に抱えられて退場。

 

近藤は新撰組を脱退したはずの安定がいることに気づいて訳ありだと察知。長曽祢を見てどこかで会ったことがあるような気がする、と言い、予定通り自分の刑を執行してくれと頼みます。

承諾した長曽祢は「なぜ戦うのをやめたのか」と質問します。近藤は「新撰組が戦ってきたのは後の世のためだ」と答え、自身の思う所を述べます。

近藤の首を落とそうとする長曽祢を止めたのは蜂須賀。代わりに近藤の首を落とします。おそらく蜂須賀は初めて人を斬ったことになります。

 

本丸に戻った刀剣男士は日常に戻ります。

序盤で長曽祢は蜂須賀との手合せでは全力を出し切っていませんでしたが、今回は自分から手合せを願い出ます。

蜂須賀も「勘違いしないでほしい、あなたを兄と認めたわけではない」と言いますが、二人の間にあった空気は柔らかいものになっています。

「兄として認めないけど一振りの刀として実力を認めている」ということだと思うのですが、「虎徹」としてこの和解でよかったのかは人によるのではないでしょうか…。

わたしが蜂須賀を育成し始めたのが長曽祢・浦島実装時からなので初期から育てている人の感想とは異なるかと思いますが、今回は刀工についての掘り下げはなかったので個人的には良い妥協点だとは思います。

幕末天狼傳では浦島は登場しませんでしたが、いずれこの本丸に顕現した時は二人の兄の事であまり気を揉まずに済めばいいなぁと思います。

 

 

そういえば、和泉守が「差し向かう 心は清き 水鏡」と言うのですが、

沖田の辞世の句で返歌説がある「動かねば 闇にへだつや 花と水」は登場しませんでした。

真偽が定かではないこの句を出すと紛糾するからでしょう。